川尻善昭公式サイト

Review

『魔界都市〈新宿〉』《監督作品 OVA 1988年》

Reviewer : 藤津亮太

  『魔界都市《新宿》』の特徴は、川尻監督作品には珍しいジュブナイルである、という点にある。ジュブナイルとはティーンエイジャーを対象読者とした小説のことで、これに通じる雰囲気を持つマンガや映像作品などを差す場合もある。
 原作は『妖獣都市』の菊地秀行のデビュー作。同作に続いてアニメ化されたこともあり、『妖獣都市』と近しいイメージを持っている人もいるかもしれないが、作品のテイストは実はかなり違う。なにしろ主人公の十六夜京也は高校生なのである。
 一方、そのほかの川尻作品を見れば『SF新世紀レンズマン』や『X』なども10代の主人公だが、本作だけが特別に「若さ」を意識してしまうのは、やはり菊地秀行の暴力的な世界が背景にあることで独特なコントラストが生まれているからだろう。
 原作が発表されたのは'82年。朝日ソノラマのソノラマ文庫から出た本作は、(当時はまだその言葉がなかったが)ライトノベルの元祖に位置づけられる1作だ。
 舞台となるのは、怪現象《魔震》で壊滅した東京・新宿。物語は、連邦政府主席が突如、謎の襲撃を受けたところから始まる。その夜、十六夜京也のもとへ、父・弦一郎の師匠であったアグニ・ライが現れる。アグニ・ライは、奇怪な無法地帯と化した新宿に潜み、魔界とこの世の融合をもくろむ魔道士レヴィ・ラーの野望を砕くため京也の力が必要だと語る。
だが、京也はそれを断る。そんな京也の前に今度は、連邦政府主席の娘、ラマさやかが現れ、ともに新宿へ行ってほしいと依頼する。
 京也が最初にアグニ・ライの協力を断るくだりを見ればわかるが、京也は、10年前に行方不明になった父にあまりよい感情を持っていない。無理矢理、念法を叩きこまれた挙げ句、勝手にいなくなった父に対して反発を感じているのだ。そこから本作の底にあるのは父と息子の「継承」というテーマであることが浮かび上がる。
 飄々とした性格の主人公が、不本意ながら事件に巻き込まれ、その中で自分のドラマと向かい合う。川尻監督の代表作はいずれもこのストーリーラインを律儀なほどキープしており、だからこそ抜群のエンターテインメント性を保っている。これは本作も例外ではない。本作では、ヒロインのさやかに導かれるかたちで、京也は新宿へと赴き、かつて父を殺した宿敵レヴィ・ラーと対峙することになる。このレヴィ・ラーとの対峙はつまり、レヴィー・ラーを通して父と改めて対面することでもある。この構図が凝縮されたのが父の愛刀“阿修羅”との再会シーンになる。
 『妖獣都市』ではその主人公のドラマのところに「人間と魔族の愛」が、『獣兵衛忍風帖』では「触れることができない相手との恋と、かつての仇への復讐」が代入されている。
 これが『魔界都市』のでは、主人公が高校生ということもあり、愛や憎しみはほどほどに後景に退いている(さやかと偶然ラブホテルで一夜過ごすシーンの初々しさ)。そのかわり、反発心を乗り越え父を理解し、乗り越えていくという京也の「成長」がドラマとして組み込まれているのだ。典型的な成長物語が正面から導入されたことが、川尻作品としては珍しく「ジュブナイルの肌触り」がする作品になった理由といえる。
 もちろんジュブナイル方面に軸足を置いた分、奇妙奇天烈な人間やモンスターが入り乱れる“魔界都市《新宿》”らしさは少々抑えめ。そのあたりを楽しみたい方は、むしろ『獣兵衛忍風帖』の“忍法ウォーズ”や『バンパイアハンターD』のバルバロイの民とマーカス兄弟の総力戦を見ていただくのがおすすめ。こちらではむしろ、あまりにお嬢様育ちなためラブホテルを知らず「なんてすてきなところ」といってしまうさやかの一挙手一投足に萌え萌えするのがむしろ正しいともいえる。
 なお、この世間知らずなさやかが、地震で死んだ骸が折り重なる新宿中央公園に入り込むシーンも見逃せない。
 不穏な赤紫でまとめられた画面の中にシルエットで描かれた木々や柵。このはっきりとした色使いはまさに川尻節。そこに一人の少女が現れる。彼女は不条理に死んだ魂が集まり炎を操るバケモノとなった存在だった。彼女と対峙したさやかは、その優しさでバケモノの中にある死んだ母を思う少女の気持ちをまっすぐ受け止め、バケモノを成仏させる。戦闘にたけているわけではないさやか、足手まといなキャラクターになっていないのは、この高潔な魂があるからなのだ。そこをずばりと描いた中央公園のシーンがピリリとスパイスになって、作品の懐を深くしている。
 もちろん、さやかの魅力に、恩田尚之の美麗な作画が大きく貢献していることはいうまでもない。
 キャスティングに注目するなら、川尻ファン的にははやりメフィストに『妖獣都市』の滝錬三郎を演じた屋良有作をキャスティングしているところが見逃せない。滝とはまた異なる、この世のものとは思えない美形を、感情を殺した演技で表現している。メフィストでは、レヴィ・ラー配下の魔人インとの戦いが見逃せない。そのほか永井一郎、青野武といった他作品に登場している役者陣も要所を締めており、各作品での役所を比較してみるとおもしろい。
 『妖獣都市』『獣兵衛忍風帖』『バンパイアハンターD』といった代表的長編と比べると、本作は似て非なる魅力を持っている。その「似ているところ」と「違うところ」に注目すると本作がより深く楽しめるはずだ。