川尻善昭公式サイト

Interview

Long Interview 川尻善昭自作を語る

監督デビューとなった『SF新世紀レンズマン』から30年。そのあゆみを川尻監督自らの言葉でたどる。

取材・構成 藤津亮太
編集・構成 T.meiri

第2部 『妖獣都市』から『バンパイアハンターD』へ 第3回 楽しめるか楽しめないか

高校時代に衝撃を受けた『火の鳥』をアニメ化

素朴な質問ですが、『COM』にインパクトを受けたことと虫プロに入社されたことは直接関係があるんでしょうか?

そもそもデザイナーになろうか、マンガ家になろうか、まだ暗中模索でわからないことも多かったけれど、今すぐにでも絵でメシを食っていきたいっていう気持ちは大きかったんです。だからといって『COM』を読んでいたから虫プロに必ず入社するんだということでもなかった。だってアニメーションをどうやって作っているとか、情報が少なかったからね。今みたいにアニメ雑誌とかもなかったし。

川尻監督は『COM』に連載されていた手塚治虫先生の『火の鳥 宇宙編』のアニメ化に挑戦されています。

『火の鳥』は、高校生で出会って、読んだ時の衝撃たるや凄かったんです。だから、もし虫プロで『火の鳥』のアニメ化が動いたら絶対に参加したい、参加させてもらおうとずっと思っていました。偉大なマンガ作品の一つですからね。マッドハウス制作で企画が決まった時は、読んだときからずいぶん時間は経ってしまっていたけれど、「是非やらせてください!」という気持ちでした。

先行してりんたろう監督の『火の鳥 鳳凰編』が'86年12月に劇場公開され、続けて'87年8月にOVA『ヤマト編』、同年12月に『宇宙編』がリリースされました。

企画はりんさんが立てたと思います。だから、りんさんが『鳳凰編』をまず選んだんじゃないかな。僕には『宇宙編』を頼みたいと言われました。平田さんの『ヤマト編』の制作もほぼ同時進行だったと思います。

OVAで1時間弱の尺ですが、どういうふうに見せようと考えましたか?

やっぱり原作を尊重して作りたい、というのがまずありました。ただ設定とかがちょっと古いかなと感じるところがあったので、そういうところだけはいろいろと考えました。

そういえば、牧村の体のケースだけが残されているシーン。原作だと牧村のダイイングメッセージは椅子の肘掛け部分に手で書かれているんですけれど、アニメではコンピューターの中にメッセージが残っているようになっていました。

ああ、そういうことをやりましたね。いろいろな設定に関するアイデアを脚本の高屋敷(英夫)さんと相談したと思います。設定関連以外でいちばん考えたのはラストシーンです。

原作は、嫉妬で罪を犯した猿田が火の鳥の力で宇宙の果てから地球へと送り込まれて終わります。

それを赤ん坊に戻った牧村が最後に砂の丘を力強くハイハイしていくシーンで終わらせたんです。そういう命の力強さというのは、作品のテーマだろうし、希望を感じるビジュアルで終わらせたかったんです。そしてそれを火の鳥が見守っている、と。脚本ではそうなっていなかったんですが、高屋敷さんはもともとマッドハウスのスタッフで気心も知れていることもあって、「ラストはちょっとこういうふうにしようと思うんだけど」って相談して変えさせてもらいました。僕が高校生の頃から読んできた『火の鳥』という作品への想いからも、この終わり方は原作の内包されているテーマとは決して違うものにはならないだろうという自信はありました。

原作がおもしろくてそのまま監督した『ゴクウ』

その後が『魔界都市<新宿>』('87)をはさんで『MIDNIGHT EYE ゴクウ』('89)になります。

『妖獣都市』を担当した東映ビデオのプロデューサーが持ってきてくれた話でした。寺沢武一作品は僕の中で違和感なかったし、すんなり入れましたね。『ゴクウ』はやっぱり原作がカッコよくて、面白い。だからコミックを映像のテンポに置き換えるぐらいで、すごくスムーズでしたね。。

では苦労するポイントもなく。

苦労したのはコンピューター画面とかですね。身の回りにそんなすごいコンピューターなんてない時代ですから、そこは苦労しました。英字は写植を使って、それからリスマスクを起こして、透過光処理して、殆ど手作業なんですよ(笑)。コンピューター画面は岡村(豊、現在は岡村天斎)くんがやってくれたと思います。

岡村さんは川尻作品にずっと原画として参加されています

そうですね。『妖獣都市』ではジュゼッペ・マイヤートの登場シーンとか、車の中のシーンとかを描いてくれました。ああいうのが上手いんだよね。『魔界都市〈新宿〉』も続けてやってもらいました。『獣兵衛』では、手裏剣がマシンガンみたいに飛んでくるところとか、独特のタイミングがよかった。

『ゴクウ』は1989年に2本リリースされ、翌1990年には『電脳都市OEDO808』がリリースされてます。

確か『ゴクウ』は3本目も制作しようという話があったんです。それで、3本目をやるなら僕は劇場映画がいいですと言ったんです。長尺の原作があって、それを作るのなら劇場映画のスケールでないと難しいと思いました。でも残念なことにそういう流れにはならなかった。それで『OEDO』を作ることになりました。

メディアミックス企画だった『OEDO808』

『OEDO808』は原案に六月十三さんがクレジットされています。

もともと六月さんが原案としてプロットとかを用意していたんです。六月さんはそのころマッドハウスと企画とかのプランナーみたいな形でよく出入りをされていて、『OEDO』もメディアミックス企画として開発中だったんです。小説・ゲーム・映像で展開していこうという訳ですね。それで当時のプロデューサーから「とりあえずキャラクター描いてみて」みたいなことを言われて描いたらスムーズに決まって。それで本格的にスタートしたんです。

CYBER CITY OEDO 808 獣の属性

調べるとゲーム『CYBER CITY OEDO 808 獣の属性』(PCエンジンCD-ROM2)も'91年にリリースされていますね。

ゲームが先行して動いてました。後から制作がスタートしたアニメを作る上でいろいろと考えているうちに主人公達に『首輪』の設定が欲しくなったんです。囚人たちを刑事として使うわけですから、何か枷がいりますよね。逃走したら、即抹殺できるようにつけられた『首輪』。ストーリーに絶対必要な設定だと思ってアニメではこうしたいって言ったら、ゲームの方が後戻り出来ないくらい進んでいたんで、結構困ったみたいです(笑)。でも困らせようと思って言っているわけじゃないんですよ。プロデューサーから「好きにやっていいから、やって」って言われていたので、まあ、プロデューサーの責任ということにしておきましょう(笑)。

コンセプトとしては「囚人チームを犯罪捜査に使う」というアイデアと、サイバーパンク的な世界観の合体ですね。

六月さんはもっとライトな『ルパン三世』のような方向を持っていたみたいだけれど、僕が結局『首輪』も含めて、だいぶハードな方向に持っていきました。海外でも結構コミック化されたりして人気が出たと聞いています

主人公のセンゴクが石丸博也さんというのは結構、独特なキャスティングですね。ちょっと三の線の感触もあるあたり、『ルパン』をイメージしていたという話とつながります

石丸さんの洋画の吹き替えを見たんです。それがすごく良くって。

ジャッキー・チェンの吹き替えではなく?

ラッセル・クロウでした。こういう感じの二の線もいいなぁって思って、「センゴクは石丸博也さんだ!」ってプロデューサーに言いました。ベンテンが塩沢兼人さん、ゴーグルが玄田哲章さんというのも間違いなく僕がお願いしたキャスティングですね。

        2枚目         3枚目

電脳都市OEDO808 ノベライズ

脚本は遠藤明範さんですね。

遠藤さんはもう企画の最初から決まっていたと思います。ノベライズも書かれましたよ。六月さんと一緒になってプロットづくりもしていて、OVAのプロットは最初から3本あって、タイトルも今と同じものが決まっていました。『古の記憶(MEMORY)』『囮の機構(プログラム)』『紅の媒体(メディア)』とタイトルがすごくかっこよかったですね。ただ、実際に絵コンテを描いているうちにプロットや脚本とは結構変えてしまったところも多かったです

どういうところなんでしょう?

どの事件も『ルパン』みたいに三人が三人とも活躍する感じでしたが、それを1本ずつ各々が主役で作ったんです。VOL.1がセンゴク、VOL.2がゴーグル、VOL.3がベンテンですね。僕はVOL.2をかなり気に入っているんですよ。おっさんのゴーグルが主人公だから(笑)。なにか別の世界観で、VOL.2を焼き直したいと思っているぐらい好きですね。

どんなシーンが好きですか。

クライマックスに東京タワーでロボットとゴーグルが戦うんシーンで、元ボクサーのゴーグルが傷ついて一旦、センゴクに助けられるんですけど、デカチョウが「タオルを投げ入れるつもりはない」ってゴーグルをまた戦わせるんですよ。ゴーグルもそのつもりだ、と答えて。あのシーンは好きですね。

結構、楽しんで監督されていたんですね。

どんな作品でも、楽しんで作ろうと思ってます。アニメは物理的な作業量も多くて日々苦労することが多いじゃないですか。そういうことも含めて、楽しめるか楽しめないかで、作業の効率は全然違いますから。それに、自分が楽しく作っていない作品をお客さんが見ても楽しいわけがないじゃないですか(笑)。