川尻善昭公式サイト

Interview

Long Interview 川尻善昭自作を語る

監督デビューとなった『SF新世紀レンズマン』から30年。そのあゆみを川尻監督自らの言葉でたどる。

取材・構成 藤津亮太
編集・構成 T.meiri

第1部『獣兵衛忍風帖』第3回 美意識とバート・ランカスター

色使いと美術

作品を作ることを通じて、自分の好みが明確になっていくことというのはあると思います。『獣兵衛』を見るとこの頃には既に川尻監督の美意識は確立している感があります。

たとえばところどころで象徴的に赤を使いたいとか、そういう好みは最初からずっと変わっていないですね。『獣兵衛』では美術に自分の好みというか「どういう世界を作りたいか」はよく出ていると思います。

美術ですか。

これはさきほど話した全体のボルテージとも関係してくるんですよ。『獣兵衛』の背景は、竹林には竹しか生えていないんです。ススキだったらススキしか生えていない。要するに自然界の中にはないようなデフォルメした舞台設定にしたかったんです。これがスタジオジブリの作品に出てくるようなリアルな森では困る。なぜかというと、それでは逆に忍法の部分などにリアリティが感じられなくなってしまうんです。美術がなまじリアルなほうが、全体として大ウソつきになってしまうんです。だから美術スタッフには、もっと様式的な舞台美術の感じにしたいという話をしました。ススキだったらススキだけを、それも無数に置くようにしてほしい。そういう決め事は初めから意識していました。

現実にはなさそうな風景だからこそ、『獣兵衛』にふさわしいリアリティが保証されるわけですね。

ええ。象徴的な背景にしていかないと画面としてウソのリアリティが成立しないだろうなと。

画面を見ると竹林のグリーン、廃屋の赤など色のイメージが明確なシーンも多いですが、全編を通じた色彩の構成は絵コンテの段階でもう見えているのでしょうか。

いえ、そこまでではないです。コンテを描きながら思うのは、ここはモノトーンで行こうかなとか、それぐらいです。実際に画面をどうするかは、そのあとの打ち合わせなどで詰めていきます。

以前、美術の男鹿和雄さんにお話をうかがったんです。その時「川尻監督の注文は『ここは青く、ここは赤く』と、わかりやすかったので、美術としてもやりやすかった」とおっしゃっていました。そういう様式的な絵作りの延長線上に、『獣兵衛』の美術のお話があるのかなと思いました。


『妖獣都市』より 男鹿和雄さんによる美術ボード

そうですね。たとえばセルの絵の具なんていうのは、色数に非常に限りがあるんですよ。そうするとある程度、思い切ったことをしていかないと全部同じ画面、つまり同じシーンに見えてしまう。だからそこで場面ごとに印象に残るような工夫をすることが大事なんです。それが色も含めた美術の作り方に繋がっているんです。……あと、初期の作品でブルーを多用したのは、当時の感度があまりよくないフィルムでもブルーだけはきれいに出たから。あとブルーはセル絵の具の色数も多かったので、モノトーン画面を作った時に見栄えがするということでよく使ったんです。


『妖獣都市』より 男鹿和雄さんによる美術ボード

マッドハウスのフィルム撮影台(1996年頃)

単に美意識の問題だけではなく、フィルムの感度の問題も絡んでいるんですね。

『バンパイアハンターD』からはかなりフィルムの感度がよくなって、グリーンとかもきれいに色が出るようになったんです。でもそれまでは、グリーンなんかは全然思った通りに出ない色の一つだった。だから『獣兵衛』でも竹林を出すにあたって、グリーンのパラ(注:画面上に色付きの影を落とす手法、昔パラフィン紙を使っていたためにそう呼ばれる)を多用しました。グリーンのパラの色は割とビビッドに出るんですよ。でも絵の具のグリーンはどうしてもグレーっぽくなってしまうんですよ。彩度が下がってしまう。


フィルム撮影用のパラ素材

各キャラクターもそれぞれ色ではっきりイメージ分けをしていますね。

そう。並べてみて、紅里で黄色を使ったから、百合丸は紫で、夢十郎は白……といった具合ですね。当時は色を見るためにセル絵の具をセルにいちいち塗らなくてはだめだったので、石榴の襟についている白い羽根を「ためしに黒にしてみよう」なんて考えると、手間がすごくかかりました。それからするとデジタルになったおかげで、色彩設計や色指定は本当に楽になりましたね。

2枚目 3枚目 4枚目 5枚目 6枚目 7枚目 8枚目 9枚目
鬼門八人衆 色彩設定作業資料より

獣兵衛はもっとブルーグレーっぽいイメージだったそうですが、それは何故だったんでしょうか。

たぶん『椿三十郎』の三十郎のイメージがあったのだと思います。あの映画はモノクロだから、色のイメージというより、ものすごく汚れた服を着ているイメージだったんです。

箕輪さんの茶系のイメージは着物らしい着物ってことだったんでしょうね。

そうだと思います。基本的には、和物ですから、色についても日本の色が持っている雰囲気を再現したいんですよ。でも日本の色って、微妙な味わいを持っているものだから、当時のセル絵の具の数やフィルムの感度では全然再現できなかった。今、デジタルでやり直したら、色に関してはまた全然違うことができると思います。

2枚目 3枚目 4枚目 5枚目 6枚目
牙神獣兵衛 色彩設定作業資料より

美術監督は小倉宏昌さんです。美術の方向性についてはどんなお話をされましたか。

『妖獣』の時もそうですけど、劇画調でハイコントラストな画面でいきたいと伝えました。輪郭線なしで光と影を強調したハードな雰囲気にしたいということは何度も伝えました。

日本の風景であるという点よりも、舞台設定のおもしろさを重視したのかなとも思ったのですが。

そう見えましたか。高さとか広さとかあるいは建築物の形にしろ、デフォルメはしています。こんなに高い崖は日本には滅多にないねとかいいながら、あえて描いている。でも、基本的には日本の風景だと思ってやっています。

そうなんですか。でも下田が舞台だからといって下田をロケハンするような作品ではないですよね。

もちろん! そんなのは全然してないですよ(笑)

やっぱりそうですか。実在の町がでてくる『妖獣都市』もそうですか?

『妖獣』も一切なしですね。

あくまでその作品なりのリアリティがあればよいということなんですね。『獣兵衛』 は美術がすごく重厚ですよね。

ベテランの小倉くんだったからね。小倉くんコバ(小林)プロ出身ですよね。コバプロ出身の人は自然物もすごく上手いから、全然心配してなかった。コバプロの人は筆の腹を使うんですよね。それでできるあの荒々しいタッチがある感じが得意なんですよ。あれはとてもカッコいいんだけど、『妖獣』や『獣兵衛』の時は、絵ってわからないようにしてってお願いしました。筆遣いが残ることで雰囲気を出すのではなく、わりと肉眼で見える感じに近いものがほしいと。そういうふうにお願いしました。

ちょっと話題がそれますけれど。HD化しても背景のタッチはかなり見えるようになりますよね。

そうですね。美術のタッチもそうだけれど、ほこりやゴミが見えちゃうんですよね……。そっちのほうが気になります。だって当時のマッドハウスの撮影って、猫を飼っていたんですよ。毛が入らないわけがない(笑)。解像度が低ければ見えなかったけれど、HDになるともうなんともならない。HD化するとそういう見えちゃいけないものも消さなくてはならないんですよ。

豪華な作画陣

美術も豪華ですが。作画陣もそうそうたるメンバーですよね。

すごいですよ。ただし。今は錚々たるメンバーだけど、当時は中堅くらいの人も結構多いです。川崎(博嗣)くんと浜崎(博嗣)くんは別格でしたが、岡村(天斎、当時・豊)くんとか小池(健)くんとかはまだ売り出し前という感じだったんです。だから「タイヘンだけれどと頼むよ。おもしろくなるから」って言えば済んだんです、当時は。今あのメンバーを揃えるとしたらそれでは済まない(笑)

ヘビとかハチとか、数が多くて手間がかかるものも登場しています。

ヘビはね、若手に頼んで描いてもらったんですよ。でもハチのカットが最後まで引き取り手が見つからなくて。結局自分で描きました。今はデジタルを使えば、もっと細かくいろいろできるんですよ。一匹描いておけば、いろいろ応用がきくし。当時はロングショットのハチについては、スクリーントーンを使って表現しました。

アクションシーンはてんこもりですが、そもそも和服というだけでハードルがあがりますよね。

着物を来た歩き方ひとつとっても、僕らは時代劇を観てきたからDNAとしてすり込まれているんですよ。刀の持ち方一つとってもどう描くのか。そういうこだわりが必要になってくる。だからそこから外れている絵があがってくるととても違和感を感じるんですよね。着流しや袴姿というのは描く機会もそんなに多くないから、そういう服装の連中が日常的な所作をするところは手間がかかりました。絵コンテ段階でなるべく避けるようにしたんですが、それでもいくつかありますが。

森山周一郎さんが演じた榊兵部ほか、偉い人たちが出てくるところですね。

ああいうところでのちょっとしたポーズは結構大変だったと記憶しています。いずれにせよこういうキャラクターを選んだ時点で、原画一枚を描く手間が相当になることはわかっているんですよ。だから、なるべく少ない手間で効果的に見せる方法を考えました。そういう手法は、出崎(統)、りんたろう先輩世代からずっと学んできたことなので、積極的に生かしていこうと。こういうリアルなキャラクターの時には絶対必要ですから。

やっぱり出崎監督、りん監督の影響は大きいですか。

毎回、新しい見せ方を工夫するという発想の部分を一番学んだと思います。特に『あしたのジョー』や『佐武と市捕物控』で使われたいろいろな手法とかは染みついていますし、『ガンバの冒険』以降の作品もそうですね。そういうのを見て、かっこよくて効果的な見せ方をさんざん学んできたわけだから、そのスタイルを踏まえてもっと前にいきたいと思ってましたから。たぶん虫プロ出身のアニメーターの中では、僕は動きにこだわっているほうだと思うんです。動かしたいという欲求がすごくあったんで。でも絵柄がある程度ハードな世界で、かつグルーヴ感があるものを要求されている世界だと、それに応じた動かし方、見せ方をしないと、アニメーターへの負担が大きすぎてしまうんですよ。だからこそ、効果的な見せ方が重要なんです。

出崎、りん監督からの影響というのは、やはりそういう効果的な表現というところになりますか。

他にもいろいろありますが、技術的にはそうですね。

『獣兵衛』の時のチェックの体制ってどんなふうだったんですか。

まず私が原画上がりをチェックして、それを箕輪くんに回す。そして作画監督がチェックしたものを、もう一度私が見るという段取りでした。ただ途中からだんだんスケジュールが押してきて、途中から主役以外は、俺の方で作画監督修正含め面倒を見るという感じになりました。ただ、それについても箕輪くんが、こっそり制作に回してもらって、自分でチェックしていたようです。だから最終的にはトータルとして箕輪くんが作画監督やったといえる作品になってます。最後は押せ押せで、ひと月ぐらい引っ張ったと思います。その間は、箕輪くんと俺で2人で作画監督作業をやっていた。

作画期間ってどれぐらいだったんですか。

現場の作業としては1年くらいじゃないですかね。コンテも半年はかかってないと思います。’92年の時点で絵コンテと作画入ってましたね。

カットしたシーンというのはなかったんですか?

どうだったかな……。ああ、ありました。過去の回想シーンで。獣兵衛が弦馬の首を斬り落とすシーンがあるんですが、その後、その首を自分の手でくっつけるっていうくだりがありましたね。

どうしてカットしたんですか?

それを見せちゃうと、獣兵衛が弦馬が生きていたと聞いて驚く、リアクションが生きなくなってしまうなと思ってカットしました。弦馬は本当に生きているんだろうかっていう引きの部分が弱くなっちゃうので。

過去のオーディオコメンタリーを聞くと、氷室弦馬には『あしたのジョー』の力石徹のイメージがあるそうですね。

それはそうなんですけど、そもそも力石の元になったと思われる俳優がいるんですよ。

そうなんですか。誰ですか。

バート・ランカスターです。 なかでも『ヴェラクルス』のバート・ランカスター。』 あれがめちゃくちゃカッコいいいんですよ。『ヴェラクルス』は、バート・ランカスターが創った独立プロ、ヘクト・ランカスター・プロダクションが制作したんだけれど、ゲストとして大物のゲーリー・クーパーを呼んだの。でも敵役を演じたランカスターがあまりにカッコよくてゲーリー・クーパーを食っちゃった。そういうエピソードがある映画なんだけれど、そのバート・ランカスターがニッと笑うと真っ白な歯が見えるのが不敵でいいんです。あと、手の仕草とか手の形がカッコいいっていうか。つまり力石に似ているというよりはバート・ランカスターに似せたということです。バート・ランカスターというと大御所になってからの『大空港』とか、ヴィスコンティの『山猫』とかその辺で知っている人が多いかなと思うんですよ。でもロバート・ライアンやウディ・ストロートと共演した『プロフェッショナル』という西部劇も『ヴェラクルス』と並んでランカスターがカッコいい作品なのでお勧めです。

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